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2019-07

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風景印・妻沼卯月花&妻沼長井 - 2013.07.23 Tue

風景印・妻沼卯月花

あばれみこしとグライダー、妻沼ゴルフ場。


風景印・妻沼長井

荻野吟子像とあばれみこし、グライダー。


引き続き妻沼エリアの風景印。
図案の題材が共通しているので2つまとめていっちゃいます。

まずはグライダー。
妻沼地区は利根川に面していて川を渡ればそこは群馬県、というところ。
川の両岸に広い河川敷が広がっています。
グライダーの滑空場はそんな場所に多く設けられています。

妻沼の滑空場もそのひとつですが、滑空時間・飛行回数共に日本一の滑空場なんだそうです。
毎年3月に行われる「全日本学生グライダー選手権大会」もここ妻沼で開催されています。

グライダー(庄和)

この日はグライダーが飛んでいなかったので、江戸川河川敷の滑空場で撮影した
飛行中のグライダー参考写真。
この機体は複座ですね。卯月花局の印に描かれているのも複座のグライダーのようです。

妻沼グライダー滑空場

土手の上から眺めた滑空場。空から見たらずいぶん印象が違うはず。

グライダー格納トレーラー

土手下にグライダーを格納したトレーラーが置いてありました。
長い翼は本体から外してしまってあります。
これを車で滑空場まで引っ張って行って、翼をセットするわけですね。
グライダー用のトレーラー、初めて見ました。


荻野吟子像1

次は荻野吟子さんです。
日本人女性で初めて国家資格を持った医師になった方です。
(女医としての先人はいましたがその当時は医師としての開業試験制度が無かった)

荻野吟子像2

吟子はここ妻沼の俵瀬で名主の娘として生誕。16歳で結婚しますが夫から性病を移されたことが
元で離縁。男の医者に体を見られて治療されることに強い屈辱を感じ、自身が医師になる決意をします。
学校を優秀な成績で卒業するも、女であることを理由に医術開業試験願を受理されないことが続きましたが
周囲の尽力もあって明治18年に試験に合格、日本初の公的に許可された女性医師になったのでした。

荻野吟子記念館

熊谷市立荻野吟子記念館。生家の長屋門を模した造り。
妻沼長井局の風景印に描かれた荻野吟子像(上の写真)はここの隣にあります。

渡辺淳一著「花埋み」は吟子さんの生涯を描いた作品で舞台にもなりましたが
その舞台で吟子を演じた三田佳子さんが着ていた衣装が展示してありました。


ゴルフ場はグライダー滑空場より少し川上の河川敷にあります。興味無いので行きませんでした。(^^ゞ

あばれみこしは毎年7月27日に一番近い日曜日に行われる、滑空場のやや川下、葛和田地区の大杉神社の
祭礼の御神輿ですが川の中に神輿が入って男たちが神輿の上に登って頂上を巡って人を突き落とす、という
少々荒っぽい男の祭りです。

由来は江戸の昔、ある船頭の乗った船が暴風雨に遭い日頃信仰している大杉神社の神様に祈ったところ
船を救ってくれました。それから神に感謝して神輿を作り、暴風雨にあったときの船にちなんで
神輿も川中で揉むようになりいつしかあばれ神輿と呼ばれるようになった・・・そうな。


こんな感じで揉まれてます。激しい・・・!→ https://tabidachi.ana.co.jp/topic/16673


これにて熊谷市妻沼地区局巡り終了。歴史ある土地でありました。



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風景印・妻沼&妻沼歓喜院聖天堂(2) - 2013.07.16 Tue

しつこく妻沼聖天の続きでございます。

床板を支えるように配置された12匹の猿たち。それぞれポーズが違っていて愛らしい。

妻沼聖天19

この猿のように子連れのものは珍しいのだそうな。
(この子供もカウントすると13匹だな・・・)

妻沼聖天20


隅木下の霊獣たち。
上は龍のようだけど白澤(はくたく)だったかも。真ん中は蜃(しん)。気を吐いてますねー。
下は白象のようだけど獏(ばく)かもしれない。はっきりしなくてすみません。

妻沼聖天21


羽目板彫刻のひとつ。
西王母と侍女。西王母が琵琶を持ち、侍女が仙桃(三千年に一度しか実らず食べれば不老長寿を得る桃)を
捧げ持っています。

妻沼聖天22


唐破風下の彫刻、「三聖吸酸(さんせいきゅうさん)」。
お釈迦様(赤い衣の人)が藤原竜也似。(つまり丸顔)
その下の動物は鯱(しゃち)らしい。

妻沼聖天23


蛙股の間にも精密彫刻が。

これは木菟(みみずく)。

妻沼聖天24


菊水の彫刻の下の女性(?)。
ガイドさんの解説が無かったので分からないのですが踊っているようでもあり
両手に星のような円盤状の物を持ち、そこからは稲光のような光線が出ています。
このお方は何者なのか・・・?

妻沼聖天25



床下の龍たちは皆赤いのですが、この龍だけは体色が緑色。そして玉を持っています。特別な一匹。

妻沼聖天26


奥殿を囲む透垣から外に出て拝殿を見てみます。
これは拝殿正面、唐破風下の彫刻「琴棋書画(きんきしょが)」。
下の龍も立派ですね。

妻沼聖天27


垂木の下の虎や邪鬼や獅子の彫刻も目を引きます。

妻沼聖天28


獅子の両脇の彫刻、これは鯉が出世(?)して龍になることを表しているのだとか。
鯉と龍の部分は「籠彫り(かごぼり)」といって中は空洞になっています。技だなー。

妻沼聖天29


拝殿正面・屋根下部分。
S字型に湾曲した梁が目を引きますね。「海老虹梁(えびこうりょう)」というそうです。

妻沼聖天30


屋根下の籠彫りもまたすごい。
牡丹の花の中から獅子の顔が覗き、たわわに実がなる木(枇杷?)にはお猿さん。

妻沼聖天31


拝殿の中は拝観できないのですが望遠で覗いた欄間彫刻は未修復のようで、オリジナルの彩色が
残っているように見えます。外の彫刻と違って日光や風雨に晒されないからでしょう。

妻沼聖天32


これまた覗き込んだ拝殿の天井画。全面金箔押しの豪華な動物図鑑の趣。

妻沼聖天33


本殿はここまで。目の正月、という感じでしたね。
境内入り口に立つ堂々とした門を見に行きましょう。

妻沼聖天34

「貴惣門」と言います。

妻沼聖天35

この門の特徴は側面に回ってみないと分からない。
この特殊な形状の屋根を持つ門は全国にここを含め四例しかないのですが、妻沼聖天山のものが
最も規模が大きいそうです。

この門の設計者はかの有名な錦帯橋の架け替えに携わった大工、長谷川重右衛門なる人物。
何故岩国のお人が妻沼にいたかというと、宝暦年間の歓喜院の建築の工事中、近くを流れる利根川が氾濫。
(この洪水のため歓喜院の工事も長期間中断してしまいます)
洪水による甚大な被害が出て、岩国藩はその復興のための普請を幕府から命じられていたからなのでした。
(いわゆる御手伝い普請というやつでしょうか。)

長谷川氏の設計図は歓喜院工事の大工棟梁に託されます。
実際に設計図に基づいて棟梁の子孫により門が作られたのはそれから一世紀ほど後になるのですが・・・
ずっと託された設計図のことを忘れずに何時かは作ってやろう、と代々伝えていたのでしょうね。


妻沼聖天36

貴惣門はその構えだけでなく施された彫刻も聖天堂に負けず劣らずすごいんですよ。
妻沼の聖天さまにいらしたら本殿だけでなく、こちらも是非ご覧になってくださいね。
ちなみにこちらの貴惣門は国指定重文です。国宝にしてもいいくらい、と思う私。


・・・というわけで長々風景印を逸脱して語ってしまいました。お許しあれ。
ちなみに妻沼局の風景印に描かれた平和の塔は聖天さまの境内にあるのですが
彫刻群に感動して平和の塔のことはすっかり忘れていたのでした。あはははははは。(^_^;)(写真ナシ)


妻沼聖天山の歴史や見所についてはこちらをどうぞ。(熊谷市HP)


妻沼聖天山本殿の修復を担当された(株)小西美術工藝社のサイトはこちら

トップページの「360°パノラマ」のボタンをクリックすると
妻沼聖天山歓喜院本殿の外部彫刻及び拝観出来ない内部も様子が分かりますよ!
興味ある方、必見!


妻沼局

妻沼局。

風景印・妻沼(めぬま)&妻沼歓喜院聖天堂(1) - 2013.07.09 Tue

風景印・妻沼 歓喜院聖天堂と平和の塔、杉と桜の花


埼玉県熊谷市妻沼(旧妻沼町)にある日本三大聖天のひとつ「妻沼聖天山歓喜院」。
(めぬましょうでんざんかんぎいん)
現世での願い事を叶えてくださる強い力を持った歓喜天をお祀りしている寺院です。

こちらの聖天堂は国重文に指定されていましたが、7年の年月を掛けた修復が行われ
建築当初の美しさが蘇り昨年7月9日に国宝に指定されました。
埼玉県内では初の国宝建築物です。
ご当地フォルムカードvol.5(埼玉)に採用されていますね。

修復が終わった姿をすぐ見に行きたかったのですが
国宝指定されてから参拝客がとても多くなったと知り少し間を置くことにしました。

1年経ってそろそろ落ち着いたかな、と参拝に来た次第

妻沼聖天37

仁王門から見た本殿。


妻沼聖天1

これが本殿(拝殿)。拝殿・相の間・奥殿からなる廟型式権現造り。


妻沼聖天2

入場料(¥700)を払って透塀の中に入り奥殿の破風や外壁に施された彫刻装飾を見学します。
時間によってボランティアの方による解説も聞けます。


妻沼聖天17

北西側からの全体像。
日光東照宮を思わせる彫刻がびっしりと施されています。「埼玉日光」の別名の所以。


妻沼聖天3

泳ぐオシドリ夫婦。


妻沼聖天4

蝶を狙う猫。


妻沼聖天6

左甚五郎作と伝わる「猿を救う鷲」。
右側、まるで鷲が猿を襲っているように見えますが実は急流に落ちた猿を救ったところ。

猿は人間の煩悩、それを救う鷲は聖天様を表しているのだそうです。


妻沼聖天7

大羽目彫刻。めでたい意匠ですね。
奥殿の彫刻群は全体的に天下太平や吉祥・古代中国の説話を表現しています。


妻沼聖天8

下部装飾。四方に龍、その間に獅子が並びます。


妻沼聖天9

「子供の遊び」、闘鶏。


妻沼聖天10

馬遊び。


妻沼聖天11

凧揚げ。


妻沼聖天12

漁り。


妻沼聖天13

獅子舞。お獅子の後足役の子供の顔が布からのぞいているのが可愛い。(この子はあかんべをしてるのだ)


妻沼聖天14

雪玉引き。四季折々の子供の遊びが描かれています。


妻沼聖天15



妻沼聖天16

布袋様と恵比寿様の碁打ち。そばで見ているのは大黒様。

修復当初、碁盤上の彩色が無くなっていたためにオリジナルはどのようなものか分からず苦慮したとのこと。
日本棋院熊谷支部長様のご助力で復元に至りました。
本因坊道策と彼の弟子で熊谷出身の本碩の棋譜が描かれています。


妻沼聖天5

南側の鳳凰(阿形)

妻沼聖天18

北側の鳳凰(吽形)

写真が多いので一旦ここまで。残りは妻沼歓喜院聖天堂(2)に続きます。

風景印・妻沼太田 - 2013.07.04 Thu

風景印・妻沼太田 アジサイの花の外枠に能護寺の鐘楼。

なぜアジサイの変形枠かというと、妻沼にあるこの能護寺は「あじさい寺」として有名なのであります。

能護寺1

アジサイの花のシーズンはこれこのように。入山料も必要ですよ。

能護寺2

件の鐘楼。ここは絵になります。鐘は元禄14年(1701年)に鋳造されたものだそうです。見えないけど。

能護寺3

「宝永6年」の文字が見えます。1709年。徳川5代将軍綱吉が亡くなり
家宣が6代将軍に。そして後に7代将軍となる家継が生まれた年。

能護寺4

本堂は文化11年(1814年)に再建されたもの。
こちらの寺は寺伝では開山は天平15年(743年)。後に弘法大師が再興し、国家鎮護の道場としたとのこと。
高野山真言宗のお寺であります。

能護寺5

能護寺6

能護寺7

能護寺8

雀も花見に来ましたよ。

能護寺9

能護寺10

蔵の右側には妻沼太田局が出張中。アジサイのシーズンは毎日出動されているらしい。

地植えのアジサイだけでなく、鉢植えもたくさん並べて飾ってあります。
おそらく剪定枝を挿し木して増やしたものと思われ。

アジサイは病虫害も少なく、薬剤散布の手間も無いからその点楽だけど
これだけ鉢があると夏場の水やりが一苦労だなー。(すごい数の鉢があるのだ)
アジサイ好きでなければできないよね・・・。

能護寺11

これだけのアジサイを花後何人で剪定するのだろうかとか、剪定枝の山はどうやって片付けるのかとか
そんなことが気になってしまったのでした。もっとシンプルに花を楽しめよ私・・・。

妻沼太田局

妻沼太田局。






風景印・熊谷奈良 - 2013.07.03 Wed

風景印・熊谷奈良

横塚山古墳と集福寺の鐘楼を描く。

たまには最近の集印ネタを。
埼玉県は熊谷市にも「奈良」という地名があります。

角川日本地名大辞典・埼玉県によれば鎌倉期の武士・奈良氏の出身地とされ
戦国時代に記録に見える地名だそうです。

さて印の図案の堂々とした鐘楼。
こちらは下奈良地区にある曹洞宗の寺院、集福寺のものです。
熊谷奈良局のすぐそばにあるこのお寺に行ってきました。

集福寺1


集福寺2

境内に入ってびっくり。七堂伽藍の体裁の整った立派な寺院です。

集福寺3


集福寺4

これが風景印に描かれた鐘楼。

集福寺6

堂宇の写真を撮影していると、閉じられていた本堂の戸が開いて
中もどうぞと招き入れてくださる。

中へと招いてくださったのは檀家の方で、寺院内の掃除にいつもいらしているのだそう。

ありがたいことだと本堂に上がらせてもらってご本尊にお参り。
こちらは曹洞宗の寺院なのでご本尊は釈迦如来、脇侍として道元禅師と瑩山禅師の尊像が
お祀りしてあります。

撮影はしなかったのですが本堂の欄間彫刻も見事なもので、このお寺の格を感じました。

ところでこの集福寺の山号は「萬頂山」。
「とげ抜き地蔵」で有名な巣鴨の高岩寺の山号も「萬頂山」。

山号が同じなのは偶然では無く、実はこちらのお寺の五世・扶嶽太助大和尚が
高岩寺を開山されたんですね。つまり集福寺さんが本寺で高岩寺さんは末寺になるのです。

先の檀家の方に伺った話では今でも集福寺は高岩寺から大変な敬意を持って
遇されていらっしゃるのだそうです。

集福寺5

風景印に描かれていなければ恐らくこちらのお寺にはお参りしなかっただろうし
有名な高岩寺の本山は熊谷にあった、という事実も知らないままだったでしょう。
こうやってお参りさせていただいて、お話も聞けて、なんと言いますか
実にありがたい気持ちになったのでありました。


横塚山古墳3

こちらはもう一つの図案の題材、横塚山古墳。
少し離れて北側から見たところです。この形、「古墳」だとわかりやすいですねー。

この古墳は5世紀末~6世紀初頭に作られたという前方後円墳で、国道407号線沿いにあります。
元々全長40mほどだったのですが国道を作る際、後円部(写真左側)が10mほど削られ
現在は全長30m。ちなみに後円部の最大径は22.5m。

横塚山古墳2

登ってみました。ここは前方部。草はきれいに刈られています。

横塚山古墳1

後円部南側に立つ解説板。
写真右側に見えるのが国道。墳丘がずっぱり道のために切り取られてますね。
古墳を避けて10m東に道を作るわけにはいかなかったんでしょうか・・・?何だか残念。


熊谷奈良局

熊谷奈良局。

おまけ。

福福・熊谷うどん

お昼は「元祖熊谷うどん・福福」さんでいただきました。
こだわりの素材で作られた肉汁うどん、うまかったっス!

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2009年から集印を始めた
ひよっこです。
頂いたもの、自分で集印したもの、
のんびりとご紹介していきます。

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